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井端弘和が中日を退団した理由は落合GMの影響か

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中日の井端弘和選手が中日を退団することになりました。

直接的には年俸の大幅減が中日退団の理由とされていますが、その交渉の席には落合GMも同席していたようです。

落合GMはチームの編成に中心的に携わる役割を担っているので、同席が間違いないのであれば、井端弘和選手の退団は落合GMの影響によるものが大きいとも言えそうです。

井端弘和選手亜細亜大学から1998年に中日に入団、以来、15年間の現役生活のすべてを中日で過ごす生え抜き選手です。

15年間も現役を続けていたことで分かるとおり、実績もきちんと残していて38歳の現在に至るまで1807安打を放ち2000本安打も目前に迫っています。

また、守備にも定評がありショートおよびセカンドで合計7回もゴールデングラブ賞に輝いています。

そのため年俸も着実に上昇し2013年は推定で1億9千万円を得ています。

ところが2013年はケガの影響で出場は100試合、打率2割3分6厘、本塁打1、打点18に終わってしまいます。

そして、新たな契約の見直しで中日から提示された年俸は約9割減となる推定2300万円。

井端弘和選手はあまりの評価の低さに態度を硬化させ退団を決めたとされています。

通常、井端弘和選手ほどの選手であれば、次のことを考え行動に移すことも多いと思われますが、実際には今後は決まっていないということで、そこからも井端弘和選手の心情を察することができます。

では、井端弘和選手が中日を退団した理由は何でしょうか。

当然のことながらそこには落合GMの強い影響があるはずです。

では、落合GMはどのようなことが理由で井端弘和選手を退団に追い込んだのでしょうか。

もっとも大きな理由は、井端弘和選手の成績です。

けがが最大の理由であったとはいえ今年の井端弘和選手の成績はあまりにも低すぎますし、年齢も38歳、これから成績が急上昇する可能性は低いように思われます。

一方、中日の成績は2012年は2位であったものの、2013年は4位で、2011年までの落合監督が残した財産を、高木監督の2年間で食い潰したような感じになっています。

落合GMも今回の就任会見で立て直しには3年も4年もかかると語っています。

ただ、落合GMはそんな長期での立て直しは考えていません。

落合GM自身の契約年数は2年と伝えられていますので、その2年間に勝負をかけるはずです。

既に谷繁監督以下のコーチの大幅入れ替えを断行しています。

これは短期勝負の何よりの現れですが、コーチの次は選手、その筆頭格が井端弘和選手です。

短期勝負の中で必要・不必要を考えた場合、残念ながら井端弘和選手に猶予を与える余裕は残っていない。

それが年俸の大幅ダウンにつながり、結果として井端弘和選手が退団を決めた理由になったものと思われます。

井端弘和選手が中日を退団した理由は落合GMの影響というよりも、厳しい言い方をすれば、落合GMが井端弘和選手に引導を渡したようにも見えます。

でも井端弘和選手は38歳、まだまだ現役で行ける選手です。

また2000本安打も間近に迫っています。

年俸の大幅減は避けられないところですが、ぜひ他球団で現役生活を続行してほしいものです。


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