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春風亭小朝演じる明智光秀が織田信長に謀叛をした理由とは

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これまで軍師官兵衛ではそれほどの登場機会のなかった武将。

それが春風亭小朝演じる明智光秀です。

軍師官兵衛では田中哲史演じる荒木村重と春風亭小朝演じる明智光秀が、江口洋介演じる織田信長の前に出て、織田信長の下知を受けていましたが、この場面こそ織田信長の将来を暗示させるものになっています。

この直後に荒木村重は織田信長に謀叛し、それが鎮圧された後の1582年に、今度は春風亭小朝演じる明智光秀が織田信長に謀叛をして織田信長を倒します。

世に有名な本能寺の変。

本能寺の変によって、羽柴秀吉も黒田官兵衛も人生を大きく変えていくことになります。

現在、軍師官兵衛で描かれているのは1577年頃。

本能寺の変まであと5年ということで、春風亭小朝演じる明智光秀の出番も増えていくものと思われます。

ところで、明智光秀はどうして謀叛を起こしたのでしょうか。

明智光秀はとても知名度の高い武将です。

しかし、逆賊ということで、正しい記録はあまり残されていないようです。

そのため、今でも謀叛を起こした理由は明確ではなく、諸説が飛び交っているのが実際のところです。

そこで、明智光秀が謀叛を起こした理由、その諸説を簡単にみていきたいと思います。

その1 天下取りの野望

織田信長はほんのわずかな人数で本能寺に滞在していました。

織田信長は天下取りの目前。

その織田信長を倒せば、自分に天下が転がってくるというもの。

確かに当時は戦国時代末期で下剋上も考えられた時代です。

そして、今川義元、武田信玄をはじめ多くの有力大名が天下取りを考えたのも事実です。

しかし、明智光秀についてはどうだったでしょうか。

少なくとも本能寺の変後のドタバタぶりは計画的に天下取りを狙ったとは思えません。

そのため、天下取りの野望を明確に否定することはできないまでも、謀叛の理由としては少しばかり弱いといわれています。

その2 織田信長に対する怨恨

織田信長は他人に対して苛烈な性格で臨んだといわれています。

織田家の有力武将に対してもそれは同じ。

織田信長は明智光秀に対しても、つらく当たります。

また、織田信長が明智光秀に対してつらく当たったのは1回ではなく、複数回あり、それが積み重なって明智光秀は織田信長に怨恨を抱いたというものです。

この理由は現在でも支持されていますが、果たして怨恨だけで謀叛に至ったのか、それについては若干の疑問が呈されているようです。

その3 朝廷の陰謀

織田信長は旧来の因襲が大嫌いだったと伝えられています。

そのため、織田信長の真意は定かではありませんが、天下統一を果たした後は、朝廷を廃す、あるいは天皇を廃す、こうした噂もあったようで、それに気づいた朝廷は明智光秀をそそのかして、織田信長対して謀叛を起こさせたというものです。

この説は、謀叛の理由がいまだに明確でないこと、そして織田信長にそうした態度が見えていたことなどもあり、最近、注目されているようです。

その4 信義に基づくもの

織田信長が本能寺にあったとき、織田信長の三男である織田信孝と宿老の丹羽長秀は四国征伐を目前に控えていました。

当時、四国は長曾我部元親が支配をしていたので、長曾我部氏を倒せば四国の多くが織田信長の手中に落ちるはずでした。

しかし、四国征伐が始まる前、織田家と長曾我部家はむしろ友好関係にあり、その友好関係を長年にわたり構築していたのが明智光秀でした。

ところが、織田信長の一方的な約束の反故により、長曾我部氏は滅亡の危機を迎えていました。

長年、明智光秀と長曾我部氏は友好関係にあった。

その信義に報いるために、明智光秀は謀叛を起こしたというものです。

この信義に基づく謀叛は、謀叛を起こした理由として注目されていますし、真実味もありそうです。

もっとも、その後の長曾我部氏の動きが特に見られないことを考えると、明智光秀と長曾我部氏が示し合わせての行動ではなかったようにも見受けられます。

明智光秀が謀叛を起こして、本能寺の変で織田信長を倒したことはあまりにも有名ですが、その理由は今でも定かではありません。

軍師官兵衛ではこれから明智光秀の登場が多くなると思いますが、どうして謀叛に至ったのか、軍師官兵衛ではその理由としてどれを選ぶのか、春風亭小朝演じる明智光秀の心の動きに注目をしたいところです。


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