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陣内孝則演じる宇喜多直家は戦国時代最後の梟雄

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応仁の乱から約100年間を日本の歴史の中では「戦国時代」と称しています。

戦国時代とは、言い換えれば下剋上の時代。

下に位置する人間が、上の人間の勢力を削いで、自らが上に立つ、それが下剋上ですが、下から上にのし上がった人間をその生き様から梟雄と称することがあります。

たとえば、豊臣秀吉などは最下層の生活から日本一の権力者にのし上がりましたが、豊臣秀吉を梟雄と称することはありません。

梟雄とは、一般的には裏切り、弑逆、謀殺などを繰り返しながら、下剋上を行った人のことをさします。

豊臣秀吉には何となく明るさもありますし、現に現代でも豊臣秀吉は大阪を中心に慕われている人物ですが、梟雄にはどうしても影を感じてしまいます。

戦国時代には数々の梟雄がいました。

戦国時代の三梟雄といえば、北条早雲、斉藤道三、松永久秀を指すのが一般的ですが、軍師官兵衛にも登場するようになった、宇喜多直家をその梟雄に加えることもあるようです。

宇喜多直家は1529年の生まれとされています。

小さいころは放浪生活を送り、成人して浦上氏に仕え、ここから宇喜多直家の梟雄としての人生が始まります。

宇喜多直家が浦上氏に仕えてまず行ったのは、祖父を殺した人間に対する復讐ということですが、それだけでなく自身の縁者も殺害して勢力を高めていきます。

さらに主家の浦上氏に対しても刃を向け、一度は敗れ命は助けられるも、その後に再び離反、とうとう浦上氏をその領地から追い出し自分のものにしてしまいます。

宇喜多直家は、他の3人の梟雄と比べてもそん色がないほどの悪逆非道の限りを尽くしましたが、北条早雲、斉藤道三、松永久秀と比べたら知名度はそれほど高くはないようです。

その理由は様々にあるのでしょうが、北条早雲ほど大きな結果を得られなかったこと、あるいは斉藤道三、松永久秀のように横死しなかったことが挙げられるのではないでしょうか。

北条早雲は後北条氏5代の祖として今の関東地方の多くを制覇しました。

一方、宇喜多直家が制覇したのは備前の国と備中・美作の国の一部、北条早雲よりも規模は小さいようですし、しかもその本領は結果的に織田信長の庇護のもとに安堵されています。

また、宇喜多直家が亡くなったのは1582年とされていますが、理由は病死。

子の義龍の反逆により生涯を閉じた斉藤道三や、城に立てこもり爆死した松永久秀よりは、安らかな最期を迎えています。

宇喜多直家は晩年が比較的安らかだったため梟雄としての知名度は他の3人と比べても低いようですが、そこに至るまでの行為は他の3人と比べても遜色はないようです。

特に軍師官兵衛で登場した宇喜多直家はまだ梟雄といわれた時代。

軍師官兵衛で宇喜多直家を演じるのは陣内孝則。

陣内孝則には、宇喜多直家の梟雄らしい、人間としては許しがたい行為を行う戦国武将のいやらしさを存分に見せてほしいものです。


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