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荻原健司・荻原次晴とは ソチ五輪スキー複合で熱い解説と号泣

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ソチ五輪ノルディックスキー複合個人で渡部暁斗選手が銀メダルを獲得。

それは素晴らしいことに間違いはありませんが、その快挙以上に話題になっているのが、荻原健司氏の熱い解説と、荻原次晴氏の号泣です。

ソチ五輪のノルディックスキー複合個人を放送したのは関東地方はテレビ東京。

最初に放送されたのは競技のライブ中継です。

このライブ中継でジャンプの解説を務めたのが、荻原健司氏。

双子の兄です。

そして、後半のクロスカントリーでキャスターを務めたのが、双子の弟である荻原次晴氏になります。

ジャンプの解説をした荻原健司氏は日本人選手が登場するたびに絶叫。

特に銀メダルを獲得した渡部暁斗選手が最後から2番目に登場し、ジャンプを成功させた場面では、絶叫もMax。

熱い解説ということでネット上でも話題になったようですが、この場面に関する限り、解説というよりも絶叫が目立っていました。

一方の荻原次晴氏は、クロスカントリーで渡部暁斗選手がゴールし銀メダルを確定させると、テレビカメラが大写ししている前で号泣。

また、鼻をかみながらも号泣は続き、隣にいた須黒清華アナも思わずもらい泣き。

CM後、号泣はおさまり解説を始めましたが、目は真っ赤の状態。

こちらもネット上で話題になっています。

ところで、荻原健司氏と荻原次晴氏とはどのような人物でしょうか。

前述のとおり、2人は1969年12月20日生まれで現在44歳の双子の兄弟です。

また、この2人はノルディックスキーで一時代を築いたことでも知られています。

兄の荻原健司氏は、1990年から2002年まで競技生活を送ります。

この間、1992年のアルベールビルオリンピックでは、ノルディックスキー複合団体で金メダル、次のリレハンメルオリンピックでもノルディックスキー複合団体で金メダルを獲得しています。

また、2年に1回開催される世界選手権では合計4個の金メダル、シーズンを通して得点を競うワールドカップでは3回の個人総合優勝を飾るなど、キングオブスキーとも称されています。

現役引退後は2004年の参議院議員を務めますが、1期で政界を引退し、現在に至っています。

一方、弟の荻原次晴氏。

荻原次晴氏もノルディックスキー複合の選手として、1993年から1998年まで競技生活を送っています。

もちろん、荻原次晴氏も一流選手ではありますが、実績だけを見ると兄の荻原健司氏よりは劣っています。

兄の荻原健司氏が出場した、アルベールビルとリレハンメルの団体のメンバーに荻原次晴氏は名前を連ねていませんし、ワールドカップも最高で2位にとどまっています。

本人の実績だけを見たら一流のアスリートですが、どうしても兄の荻原健司氏と比較をされてしまいますので、ちょっと気の毒な面もあります。

荻原次晴氏は現役引退後はタレント、コメンテーターとして活躍、またスポーツキャスターも数多くこなしています。

引退後、一時期政治家として活動していた荻原健司氏、一方、テレビへの露出が多かった荻原次晴氏。

現役を離れてからは、むしろ荻原次晴氏の知名度の方が高いようです。

ノルディックスキー複合は、ジャンプを得意とする日本人が台頭したことで、距離の得点配分を高くするルール改正が行われてきました。

そのため荻原健司・荻原次晴兄弟もこのルール改正に悩まされてきましたし、2人が引退後も日本のノルディックスキー複合は低迷してきました。

ただ最近では距離も得意とする日本人選手も多くなり、その結果がソチ五輪における渡部暁斗選手の銀メダルにつながっています。

こうした低迷期を脱したノルディックスキー複合、メダルを獲得したのは先のリレハンメルオリンピック以来、20年ぶり。

20年間の低迷を見てきた2人にとっては感極まるものがあったはずです。

荻原健司氏の熱い解説、そして絶叫。

荻原次晴氏のカメラの前での号泣。

どちらも解説者としては褒められたものではないかもしれませんが、熱い解説も号泣も現場を知るが故のものだと考えると、2人の競技に対する思いが汲み取れて、むしろ好感を持つことができました。


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