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高橋一生演じる井上九郎右衛門は黒田家4代に仕えた二番家老

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黒田官兵衛と赤松政秀が戦った、青山・土器山の戦い。

結果的に黒田家の勝利で終わりますが、この戦いで黒田官兵衛は有能な家臣の多くを失います。

そこで、新たに家臣を召し抱えますが、その中の一人が高橋一生演じる井上九郎右衛門。

井上九郎右衛門は、1554年に生まれ、1634年に亡くなります。

当時としては、長命の80歳。

井上九郎右衛門は最初は、黒田官兵衛の父 黒田職隆の近習として仕えていましたが、青山・土器山の戦い後に黒田官兵衛に仕え、さらには黒田官兵衛の子 黒田長政、黒田長政の子 黒田忠之、なんと黒田家4代に仕えることになります。

そして、黒田家に対する功績を認められて、筆頭家老 栗山善助に次ぐ、二番家老に上り詰めます。

このように黒田家の中にあっては、重きをなした井上九郎右衛門ですが、井上九郎右衛門の事績の記録はほとんど残っていないようです。

それは、井上九郎右衛門の最晩年に起こった黒田騒動が原因だと思われます。

黒田騒動とは、黒田忠之の代に起こったお家騒動で、黒田忠之に不信感を持ち、主君の黒田忠之と対立し、これを排斥しようとした栗山善助の子である栗山大膳と、あくまでも主君である黒田忠之を支えようとした井上九郎右衛門との争いです。

結果的に幕府の裁定で井上九郎右衛門が勝利し、黒田忠之も藩主の地位を保つことができましたが、井上九郎右衛門の子の代になり、井上家は黒田忠之により排斥。

その後、家も途絶えることになります。

このように黒田家4代にわたり、二番家老まで務めた井上九郎右衛門ですが、井上家断絶の経緯から記録にはほとんど残らなかったとされています。

そこで、軍師官兵衛では井上九郎右衛門について、武将として武功を挙げたから黒田家の二番家老になったわけではなく、むしろ知略によって功績があったから、最終的には黒田家の二番家老になったというスタンスをとっているようです。

確かに、黒田節の題材になった母里太兵衛ほどの武功は、井上九郎右衛門にはなかったかもしれません。

でも、実際には井上九郎右衛門は、小田原征伐、朝鮮出兵、関ヶ原の戦いに出陣、それぞれ武功を挙げたとされています。

特に関ヶ原の戦いでは、関ヶ原の戦い時に九州の地において、西軍の諸将をことごとく降参に追い込んだ黒田官兵衛に従い参陣。

黒田官兵衛と大友義統が戦った石垣原の戦い(現在の大分県)では、大友義統の忠臣であった吉弘統幸を討つという武功をあげます。

そして、井上九郎右衛門が吉弘統幸を討ち取ったことにより、黒田官兵衛は石垣原の戦いに勝利したとされています。

軍師官兵衛で井上九郎右衛門は知略の人として描かれるようですが、実際の井上九郎右衛門は武功も挙げた人のようです。

ところで、軍師官兵衛で井上九郎右衛門を演じるのは高橋一生。

なんでも黒田官兵衛演じる岡田准一と高橋一生は高校の同級生で、高校時代からお互いに共演することを望んでいたようです。

黒田官兵衛よりもはるかに長生きをする井上九郎右衛門。

そのため、軍師官兵衛のドラマが終わるまで、高橋一生の井上九郎右衛門と岡田准一の黒田官兵衛とは濃密な接触がありそうです。

高橋一生が記録にあまり残っていない井上九郎右衛門をどのように描いていくのか、これも軍師官兵衛の楽しみになりそうです。


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