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速水もこみち演じる母里太兵衛は槍の名手で黒田節のモデル

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軍師官兵衛は2月2日に5回目までの放送が終了。

軍師官兵衛では黒田官兵衛の幼少期から描き始め、現段階では23歳頃でしょうか。

57歳頃で亡くなったと伝えられる黒田官兵衛の生涯が今のところはスピードを増して描かれています。

これは黒田官兵衛の生涯で特に後半生が重要だからということでしょうが、そのため既に多くの人が登場し、そして消えています。

特にポイントになったのが、1569年の青山・土器山の戦い。

この戦いは黒田官兵衛の領地に隣接する赤松政秀が黒田家の領地を侵そうとして起こった戦いですが、人数で劣る黒田家は大苦戦。

最終的には赤松政秀に勝利をしたものの、長らく黒田家に仕えた母里小兵衛、母里武兵衛の親子を失ってしまいます。

また、この親子だけでなくこの戦いで母里家は24人が討死し、家名存亡の危機を迎えます。

そこで母里家断絶を憂慮した黒田官兵衛は母里家の縁者から一人の若者に母里家を引き継がせます。

それが、速水もこみち演じる母里太兵衛です。

母里太兵衛は、1556年生まれとされ、亡くなったのは1615年とされています。

生没年ともはっきりとはしていませんが、黒田家にとっては勇将の一人であることは間違いありません。

そのため、母里太兵衛は黒田官兵衛の子、黒田長政の時代に黒田家の精鋭である24騎である黒田24騎の一人に数えられていますし、さらにその中の精鋭である黒田八虎の一人にもなっています。

母里太兵衛の性格はよく言えば豪放磊落、悪く言えば自分勝手で人の言うことを聞かない。

そのため、今でいうトラブルメーカーのような存在で、そのことを心配した黒田官兵衛から、5歳年長の栗山善助と義兄弟となることを命じられます。

人の言うことを聞かない母里太兵衛も、義兄弟の兄である栗山善助の言葉には素直に従ったそうです。

母里太兵衛は槍の名手として黒田家だけでなく他家にも名をとどろかせていましたが、なんといっても有名なのは、大名 福島正則との逸話。

黒田長政の命により、福島正則のところに赴いた母里太兵衛は、福島正則から黒田家の武士は酒に弱いなどと挑発を受けます。

また、福島正則から大きな盃の酒を飲み干したらほうびを与えるとの言葉を受け、母里太兵衛は大きな盃になみなみと注がれた酒を何杯も一気飲み。

勝負に勝った母里太兵衛は福島正則から、名槍「日本号」を手に入れます。

この日本号は、福島正則が豊富秀吉から拝領したもので福島家にとっては家宝。

しかし約束どおり、福島正則は母里太兵衛に日本号を渡し、この日本号は現在でも福岡市に大切に保管をされています。

福島家はその後取り潰しにあいますので、母里太兵衛が呑み取ったおかげで日本号は現存しているのかもしれないですね。

ところで、この逸話がもとになってできたのが、黒田節の有名な一節です。

黒田節の中には、「酒は呑め呑め 呑むならば 日本一のこの槍を 呑み取るほどに呑むならば これぞ真の黒田武士」とありますが、この部分はまさに母里太兵衛の逸話をそのまま写し取ったものとして知られています。

軍師官兵衛は今のところ早いスピードで物語が展開。

そのため、すでにドラマから去った人も多いよぅですが、これからの登場人物はむしろ黒田官兵衛、あるいはその子の黒田長政と歩みをともにすることも多いようで、母里太兵衛もまさにそうした人物の一人になります。

速水もこみちは長身で顔も小さい。

実際の母里太兵衛が実際にそのような人であったかどうかは定かではありませんが、速水もこみちの槍さばきは、確かにかっこいいですね。

黒田官兵衛の配下として、黒田官兵衛とともに人生を歩む母里太兵衛。

速水もこみちの演技に期待をしたいところです。


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