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金子ノブアキ演じる櫛橋左京進はミステリアスな人物

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黒田官兵衛と何かにつけて対立するのが、金子ノブアキ演じる櫛橋左京進です。

櫛橋左京進は小寺家にとっては譜代中の譜代。

一方の黒田官兵衛は元をただせば目薬で財をなし、小寺家に入り込んだ新参者。

「軍師官兵衛」では、櫛橋左京進が黒田官兵衛を「目薬屋」とさげすみます。

ところで、金子ノブアキ演じる櫛橋左京進、黒田官兵衛に比較的近い人物であるにも関わらず、その人生は記録にはあまり残っておらず、ミステリアスな人物として知られています。

まず、第一のミステリアスはその存在です。

櫛橋左京進は実在の人物ではあるようですが、軍師官兵衛では櫛橋左京進の父として登場する櫛橋左京亮が実は櫛橋左京進で、金子ノブアキ演じる櫛橋左京進は別の名前で櫛橋左京進の嫡男ではないかという説があるようです。

もっとも、この説は弱く、実際には「軍師官兵衛」のとおりという説が有力のようです。

第二のミステリアスは、黒田官兵衛との対立です。

「軍師官兵衛」では、黒田官兵衛と櫛橋左京進は対立する関係で描かれていて、今後もその対立関係は続くようですが、実際は黒田官兵衛と櫛橋左京進の妹の光(てる)との結婚の際、櫛橋左京進は黒田官兵衛に対して兜を贈ったとされています。

櫛橋左京進は黒田官兵衛の才能を評価して、むしろ親密であったようですが、将来、櫛橋左京進と黒田官兵衛は対立することになります。

その布石として「軍師官兵衛」では、櫛橋左京進と黒田官兵衛をいわゆるライバル関係として描いているのでしょうか。

そして、第三のミステリアスはその死です。

まだ直接的な接点はありませんが、天下布武の号令のもと、将来、織田信長は播磨に進出してきます。

織田と毛利に挟まれた櫛橋左京進は当初、織田方につきますが、播磨の豪族である別所長治が織田を裏切り毛利についたことで、櫛橋左京進も行動を共にします。

織田方、より具体的には羽柴秀吉についていた黒田官兵衛と、櫛橋左京進はここで敵味方に分かれます。

結果的に、この戦に加わっていなかった黒田官兵衛と直接に戦うことはなかったものの、織田軍の猛攻を受け櫛橋左京進は降伏することになります。

このとき、櫛橋左京進は討死をしたという説もあれば、切腹をしてはてたという説もあります。

いずれにしてもこの時に死亡していたのであれば、それは1578年のことになります。

しかし、櫛橋左京進には生存説もあります。

それは直接には戦うことがなかった黒田官兵衛が羽柴秀吉に頼み込み、羽柴秀吉が織田信長に働きかけ、生き残ったというものです。

櫛橋左京進は、このときに亡くなったのか、あるいは生き残ったのか、このあたりが「軍師官兵衛」ではどのように描かれるのかが楽しみです。

また、櫛橋左京進には子供がいましたが、この子供たちがどうなったのかもはっきりとはしていないようです。

ただ、櫛橋家の子孫はその後黒田家の家臣になったとも伝えられています。

もしかしたらそのあたりの姿が「軍師官兵衛」では描かれるかもしれないですね。

黒田官兵衛に敵対して挑発を繰り返す、「軍師官兵衛」での櫛橋左京進。

黒田官兵衛の成長に重要な役割を果たすものと思われます。

櫛橋左京進が「軍師官兵衛」ではどのような役割を果たすのか、史実としてはきちんと残っていないだけに、楽しみです。


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