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濱田岳演じる栗山善助とは

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軍師官兵衛の第2回目で、黒田官兵衛の前で土下座をしてまで、黒田官兵衛の家臣になろうとした男、それが濱田岳演じる栗山善助です。

後世、黒田二十四騎の一人に数えられ、さらには黒田八虎の一人にもあげられるなど、黒田家にあって、なくてはならない武将になる栗山善助も最初は農民。

農民でありながらも、戦国時代に武将として名を挙げたかった、そして実際に名を挙げたのが、濱田岳演じる栗山善助です。

栗山善助の初陣は1569年の青山・土器山の戦い。

栗山善助は1550年生まれと伝えられていますので19歳のときの初陣になります。

この戦いで栗山善助は武功を挙げ、黒田官兵衛も戦には勝利するものの、黒田官兵衛の側近中の側近で、それまで栗山善助を指導した母里武兵衛など、多くの家臣が討死をしてしまいます。

しかし、栗山善助が黒田家に合って頭角を現すのは、このあたりから。

特に栗山善助が有名になるのは、後年、主人である黒田官兵衛が敵方の荒木村重の居城である摂津有岡城に幽閉をされたとき。

この幽閉は約1年間に及びますが、最終的に黒田官兵衛を有岡城から救出をしたのが、栗山善助になります。

また、はるかに後年の出来事ですが、豊臣秀吉の朝鮮出兵でも武功を挙げ、さらに関ヶ原の戦いでも関ヶ原ではなく九州の地で活躍します。

そして、関ヶ原の戦い後、黒田官兵衛から1万5千石の領地を与えられることになります。

栗山善助は戦国時代の武将として武功もありますが、それ以上に知恵があり、今でいうリーダーシップを発揮できる人物といわれています。

そのため、農民出身でありながら、後世、黒田官兵衛の子である黒田長政の時代の主だった武将を選んだ呼称である黒田二十四騎、黒田二十四騎の中からさらに選りすぐった黒田八虎にも選ばれています。

また、母里武兵衛が討死した後、黒田官兵衛の命により母里家を再興した母里太兵衛とは、これも黒田官兵衛の命により義兄弟となり、黒田官兵衛亡き後の黒田家を支えていく存在ともなります。

栗山善助は1550年に生まれ1631年に亡くなります。

当時としては相当に長命の81歳で波乱万丈の人生を終えています。

もっとも最初の主人である黒田官兵衛が亡くなったのが1604年ですから、黒田官兵衛が亡くなった後も黒田官兵衛の子である黒田長政を支え続けたことがわかります。

早くも軍師官兵衛の第2回目から登場する濱田岳演じる栗山善助、軍師官兵衛の主人公は黒田官兵衛ですが、その黒田官兵衛の家臣として忠勤を励み、さらには黒田官兵衛よりも長生きをした栗山善助。

濱田岳演じる栗山善助とは、どうやら長い付き合いとなりそうです。


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