大河ドラマやプロ野球などのスポーツについてあれこれと書いています。

永井大演じる母里武兵衛とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

軍師官兵衛では黒田官兵衛の若いころを描き、人質生活ながらも将来の家臣となる武将も登場を始めています。

その中で黒田官兵衛若き頃の側近中の側近といわれているのが、永井大演じる母里武兵衛です。

これまでもいくつものドラマで主演を演じている永井大だけに、永井大の出演も長く続くのかなと思っていたのですが、実は永井大が演じている母里武兵衛は若くして亡くなっています。

現在の軍師官兵衛では黒田官兵衛の初恋の相手おたつが政略結婚で浦上氏に嫁ぎます。

しかしながら、そのことを知った赤松政秀の急襲を受け、おたつは婚礼のさなかに命を落とします。

史実では黒田官兵衛の初恋の人ではなく、黒田官兵衛の妹が浦上氏に嫁ぎ命を落としたようですが、それはともあれ、この事件が起こったのが1564年です。

黒田家の主家である小寺家と浦上氏の同盟はその後も続き、間に挟まれた赤松政秀は苦境に立たされます。

しかし、当時は織田信長の支援を受けた足利義昭が室町幕府第15代将軍についたころ。

赤松政秀は足利義昭を頼り、小寺家は足利義昭を後援する織田信長と敵対することになってしまいます。

それまで苦境に立たされていた赤松政秀はこれを好機として、黒田官兵衛のいる姫路城に戦を仕掛けてきます。

これが1569年のことになります。

この戦は2つに分かれ、1569年5月の戦いを青山の戦い、6月の戦いを土器山の戦いと称しています。

青山の戦いでは赤松政秀3000の兵に対して、黒田官兵衛は300の兵で応戦。

籠城戦を主としながらも野戦も仕掛けて、赤松政秀の軍を撤退させます。

次の土器山の戦いは赤松政秀3000の兵に対して、黒田官兵衛は150の兵で応戦。

ただ、このときは野戦で土器山のふもとの土器坂で壮烈な戦いが繰り広げられます。

3000の敵に対して、味方は150。

当然、勝ち目はないところですが、黒田方に援軍が到来したことで、最終的には赤松政秀を撃退することに成功します。

2度の戦いに勝利をした黒田官兵衛ですが、人数的には無理な戦い、この2つの戦で黒田官兵衛も多大な犠牲を払うことになります。

特に痛恨の出来事になったのが、側近中の側近であった母里武兵衛の戦死。

母里武兵衛は青山の戦いですでに重傷を負っていましたが、続く土器山の戦いにも出陣。

最後7人の敵に囲まれ壮絶な討死をしたと伝えられています。

母里武兵衛を演じている永井大の出演もここまでということになります。

また、母里武兵衛だけでなく、母里武兵衛の父である母里小兵衛もこの戦で命を落とし、黒田家にとって重要であった母里家は後継者がいなくなるという状況に陥りました。

そこで黒田官兵衛は母里家の縁戚に当たるものに母里家を継がせることになります。

この人物が将来槍の名手といわれ、黒田家のみならず全国的に有名な武将となる母里太兵衛です。

母里太兵衛を演じるのは速水もこみちですが、その登場はもう少し先のことになりそうです。

永井大の出演はわずか。

大河ドラマならではの豪華な配役ですが、ちょっともったいない気もします。


スポンサードリンク

関連記事

スポンサードリンク