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片岡鶴太郎演じる小寺政職(こでらまさもと)とは

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2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」が始まり、早速、黒田官兵衛に縁の深い人物が続々と登場をしています。

その中で、異彩を放っているのが、片岡鶴太郎演じる小寺政職(こでらまさもと)です。

画面に登場する片岡鶴太郎は、片岡鶴太郎自身がメイクさんと相談して決めたということですが、赤鼻。

鼻をメイクして登場する片岡鶴太郎演じる小寺政職(こでらまさもと)は、バカ殿とまでは言わないまでも、名君とはいいがたい容貌です。

では、小寺政職(こでらまさもと)とはどのような人物なのでしょうか。

小寺政職は1517年に生まれ1582年に亡くなります。

奇しくも亡くなったのは織田信長と同じ年です。

小寺政職が亡くなったのは、おおむね65歳といったところでしょうか、当時としては比較的長命になります。

小寺政職は、播州平野一帯を領地としていました。

しかし、江戸時代のようにきっちりと領地を保っていたわけではなく、周囲の外敵と時には戦い、時には協調しながら自分の領地をどうにか守っていたようです。

軍師官兵衛に登場する小寺政職にはいくつかの側面が見受けられます。

まず、片岡鶴太郎のメイクでもわかるとおり、決して名君ではありません。

しかし、バカ殿というほどでもありません。

そして、武将としての長所と短所についてですが、長所は人を見る目を持っていること、短所は優柔不断なことが挙げられます。

小寺政職は地位的には不安定な武将であったものの、長い間、領地を保っています。

これは小寺政職自身が有能であったというよりも、優秀な家臣を抱えていたからということになります。

小寺官兵衛は後に小寺政職に仕えますが、これは黒田官兵衛の祖父である黒田重隆を小寺政職が見出したことを始まりとしています。

黒田重隆、黒田職隆、そして黒田官兵衛と優秀な家臣がいたからこそ、小寺政職は激動の時代を生き抜くことができました。

一方、小寺政職は優柔不断な武将でもありました。

そしてこの優柔不断さが小寺政職の命運を最終的に決めることになります。

時代は織田信長が破竹の勢いで天下統一を図ろうとしています。

近畿圏を制覇した織田信長が次に触手を伸ばすのは中国圏です。

その中国地方侵攻の入り口にいるのが、播州の小寺政職です。

その小寺政職は最初は家臣である黒田官兵衛の意見を聞き入れて、織田方につくことを約束します。

しかし、後には黒田官兵衛を罠にはめたうえで、中国の毛利家についてしまいます。

このときに黒田官兵衛は人生最大の試練を迎えることになるわけですが、結局は織田信長の嫡男である織田信忠に敗れ、小寺政職は毛利家を頼り落ち延びることになります。

人を見る目はあったものの、優柔不断な性格が災いして、領地を失ってしまった小寺政職。

軍師官兵衛の中では、小寺政職と黒田官兵衛の直接的な関わり合いはこれからになります。

果たして片岡鶴太郎演じる赤鼻の小寺政職が、黒田官兵衛とどのようにかかわっていくのか、ドラマのこれからの展開が楽しみです。


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