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柴田恭兵演じる黒田職隆とは

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いよいよ始まった2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」。

初回の視聴率は18・9%、20%に届かなかったことが話題を集めてはいますが、大河ドラマは1年間の長丁場。

軍師官兵衛の主人公である黒田官兵衛の知名度の低さが視聴率低迷の理由とも言われていますが、黒田官兵衛の周囲には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など日本史の中でもとりわけ知名度の高い人物がたくさんいて、これから続々と登場してきます。

今後は、視聴率が高くなることも十分に期待ができそうです。

ところで、黒田官兵衛の父親が、柴田恭兵演じる黒田職隆です。

黒田職隆とはどのような人物なのでしょうか。

黒田職隆は1524年に生まれ、1585年に亡くなります。

生まれた年月日が不詳なのではっきりとはしませんが、享年61歳といったところでしょうか。

その嫡男である黒田官兵衛は1546年に生まれ、1604年に亡くなっているので、黒田職隆にとって黒田官兵衛は22歳の時の子供ということになります。

今では早いのかもしれませんが、当時としてはごく普通、もしかしたら少しばかり遅い嫡男の誕生ということになりそうです。

ところで、黒田官兵衛が生まれた当時、父である黒田職隆は小寺政職に仕えています。

これは黒田職隆の父である黒田重隆の時代より引き続くものですが、残念なことに小寺政職は暗君。

戦国という時代を考えたら、これは致命的なことで、通常、黒田職隆のような有能な武将は、主君のもとを離れて近隣の有能な武将の下で働くことが一般的です。

それは自分自身が生き残るため、そして家を保つために当然のことです。

しかし、黒田職隆は有能であり、しかも隣国より主家を変えるよう勧めがあったにも関わらず、小寺政職を裏切ることはしませんでした。

当時としてこのようなことはむしろ珍しいことで、そうした律義さ、忠義を守る姿勢が、後に羽柴秀吉にも称賛されることになります。

黒田職隆は有能でありながらも律義であった。

このことは自由闊達な父 黒田重隆から揶揄されるようなこともありましたが、一方、子供である黒田官兵衛に強い影響を与えることになります。

子である黒田官兵衛から見たら、父である黒田職隆は律義であるがゆえに堅苦しい人物と映ったはずです。

また、黒田官兵衛は黒田家の嫡男であるがゆえに、父である黒田職隆は文武両面において、黒田官兵衛に対して厳しく接したものと思われます。

今の時代でも同じだとは思いますが、小寺官兵衛は父 黒田職隆を疎ましく思った時期もあったのではないでしょうか。

黒田職隆は黒田官兵衛が40歳に近くなるまで生き続けます。

言い換えれば、それだけ長く黒田官兵衛に影響を与え続けていたはずですし、「軍師官兵衛」というドラマの中でも、そのあたりはたくさん描かれるものと思われます。

柴田恭兵が「軍師官兵衛」のなかで、どのような黒田職隆を描いていくのか、とても楽しみです。


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