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軍師官兵衛とは 黒田官兵衛の生きた時代

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2014年のNHK大河ドラマは「軍師官兵衛」。

軍師官兵衛の主人公は黒田官兵衛。

その黒田官兵衛の生きた時代は、まさに戦国時代です。

ただし、戦国時代も終息に向かいつつあるところで、具体的には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が活躍し、黒田官兵衛自身もこの3人とともに歩むことになります。

そこで軍師官兵衛が始まる前に、黒田官兵衛の生きた時代に起きた、大きな出来事について簡単に振り返ってみたいと思います。

黒田官兵衛は1546年に生まれ、1604年に59歳で亡くなります。

では、黒田官兵衛の生きた時代と大きな出来事を重ね合わせていきたいと思います。

1549年 黒田官兵衛2歳。

フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸、キリスト教が伝来します。

1560年 黒田官兵衛15歳。

織田信長が桶狭間の戦いで今川義元を討ち取ります。

1575年 黒田官兵衛30歳。

織田信長が長篠の戦で武田勝頼を破ります。

1582年 黒田官兵衛37歳。

織田信長が明智光秀に謀叛を起こされ自害します。

その本能寺の変後、中国地方で戦っていた羽柴秀吉(豊臣秀吉)が、いわゆる「中国大返し」をし、山崎の合戦で明智光秀を討ち取ります。

1583年 黒田官兵衛38歳。

羽柴秀吉(豊臣秀吉)が柴田勝家と対立。

賤ケ岳の戦いで柴田軍を打ち破り、柴田勝家は自害をします。

1586年 黒田官兵衛41歳。

徳川家康が羽柴秀吉(豊臣秀吉)に臣従します。

また、羽柴秀吉は太政大臣を任官し、豊臣秀吉と改めます。

1592年 黒田官兵衛47歳、文禄の役が起こります。

1597年 黒田官兵衛52歳、慶長の役が起こります。

1598年 黒田官兵衛53歳 豊臣秀吉が死去します。

1600年 黒田官兵衛55歳。

関ヶ原の戦いで徳川家康率いる東軍が、石田三成の西軍を破ります。

この結果、天下は豊臣家から徳川家康に移ります。

1603年 黒田官兵衛58歳。

徳川家康が江戸幕府を開きます。

1604年 黒田官兵衛59歳。

黒田官兵衛が京都で亡くなります。

戦国時代を終息させ天下泰平の道を開いたのは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ですが、黒田官兵衛はこの3人に密接にかかわる人生を送ったことがわかります。

黒田官兵衛自身は、知略に溢れすぎていたことが原因で、特に密接にかかわった豊臣秀吉からでさえも、天下取りの野望を疑われ、疎まれていたことがあります。

また、天下を取ることができなかったので、黒田官兵衛自身もそのことに忸怩たる思いがあったことが現在にも伝わっています。

しかし、織田信長の子孫は多くは滅び、残った子孫でさえもその後は歴史の表舞台から消えています。

また、豊臣秀吉の子孫に至っては、そのほとんどが滅び、一部が伝説の中で生きているだけです。

そうした戦国時代の英雄と比較すると、天下取りはできなくても、天下取りに密接にかかわった武将であることは間違いないところですし、黒田官兵衛の子孫は江戸時代にも大名として生き残っています。

そう考えると黒田官兵衛の生き方は見事というほかはありません。

今回の軍師官兵衛は大河ドラマに合わせたオリジナル作品ということですが、黒田官兵衛がどのような生き方を見せてくれるのか、とても楽しみです。


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