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オダギリジョーが新島襄を好演

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2013年の大河ドラマ「八重の桜」がいよいよ最終回を迎えようとしています。

ドラマは、八重の2番目の夫である新島襄が亡くなったところ。

この後、八重の兄である山本覚馬、覚馬の娘である久栄、そして八重の母である佐久が相次いで亡くなります。

ところで、八重の桜で新島襄を演じたのがオダギリジョー。

オダギリジョーの好演が今になって話題を呼んでいるようです。

ところで、八重の桜では前半と後半のドラマの趣が大きく異なっているという特徴がありました。

前半は、幕末の動乱期。

日本という国が大きく変わっていく時代で、必然的にドラマの舞台も日本全体と大きく設定されていました。

そして、前半のクライマックスは会津戦争。

銃を持って戦う八重の姿が、おおむね4週にわたって放送されたのは記憶に新しいところです。

しかし、視聴率的にはそこに大きな落とし穴がありました。

会津戦争はともかくとして、日本全体の大きなうねりは、八重の桜の主人公の八重にとっては直接的にはあまり関わり合いのないところ。

しかし、幕末の政治的な動きを表現すると、そこにはたくさんの登場人物が必要。

八重の桜の前半は、八重自身に直接にかかわりのないところの描写が多く、結果的にドラマをわかりにくくしてしまいました。

当然、視聴率的にも苦戦。

開始当初は20%を超えていた視聴率も、ドラマの内容が複雑化することで視聴率が下落、12%台まで落ち込むこともざらでした。

そして、八重の桜は後半を迎えます。

前半は複雑化したとはいえ、それなりの出来事も数多くありました。

しかし、後半は一転。

世の中の動きを追いかけるというよりも、後半はホームドラマ的な色彩を強くしていました。

そこで心配されたのが視聴率です。

前半の派手な展開でも視聴率的には苦戦をしていたのに、後半はその派手な場面はほとんどない。

ドラマの軸となるのは、八重と新島襄の夫婦愛です。

視聴率的に大きな飛躍を望むのは難しい。

そして、それに輪をかけて心配されたのが、オダギリジョーの「持ってなさ」。

オダギリジョーは決して下手な俳優ではありませんが、どうも視聴率が稼ぎ出せない俳優、少なくともそうしたイメージが定着していました。

そこで苦肉の策として考えられたのが、オダギリジョーの出演シーンの大幅カット。

後半のドラマの柱である八重と新島襄。

その新島襄を演じるオダギリジョーのシーンをカットしたということについては、大きな批判もあったようです。

視聴率的には、後半に入っても伸びは見せなかった八重の桜でしたが、オダギリジョーは新島襄を好演しています。

実際の新島襄がどのような人であったのかはわかりませんが、明治早々からキリスト教の布教に務め、同志社大学の設立など教育に一生をささげた新島襄は、とても慈愛に満ちたやさしい人物というイメージがあります。

オダギリジョーは、まさにそうしたイメージの新島襄を見事に演じ切っていました。

八重の桜では、オダギリジョーのシーンをカットして、視聴率の低下を防いだということですが、むしろ、もっと新島襄を前面に出しても良かったのでは、オダギリジョーの姿を見てそう感じました。

八重の桜後半の、オダギリジョーの新島襄役は好演、とてもすてきでした。


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