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宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)を黒田官兵衛と黒田長政が謀殺 大河ドラマではどのように描かれるのか

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軍師官兵衛の主人公である黒田官兵衛がいよいよ軍師らしさを発揮してきました。

また、黒田官兵衛の嫡男である黒田長政も少しずつですが存在感を発揮しつつあります。

黒田官兵衛は軍師。

戦いにおける策略家です。

ただ、策略家の中にあっては、むしろ善人、そうした評価も定着しているようです。

しかし、そんな黒田官兵衛の人生における最大の汚点が、黒田官兵衛と黒田長政の親子による宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)の謀殺です。

宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)の謀殺はあまりにも汚い方法で行われました。

戦国時代だから当然という考えもあるでしょうが、黒田官兵衛と黒田長政にとっては最大の汚点です。

果たして、軍師官兵衛では宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)の謀殺をどのように描いていくのでしょうか。

ときは1588年。

羽柴秀吉は九州を平定します。

そしてそれまで姫路を領していた黒田官兵衛に豊前国8郡のうち、6郡を与えます。

姫路時代の黒田官兵衛の知行は3万石、それが豊前国に移り12万石。

そのことだけを考えたら大出世かもしれませんが、それまでの黒田官兵衛が軍師として果たしてきた功績を考えたらむしろ石高は少ないと考えられていました。

また、政治の中心地に近い姫路から九州への移封。

黒田官兵衛にとっては必ずしもうれしいことではなかったのかもしれません。

一説には、羽柴秀吉が黒田官兵衛の才能に恐怖感を抱いて、天下取りへの道筋が見えてきたこの時期、黒田官兵衛を遠方に遠ざけ、しかも大国は与えなかったのではないかといわれています。

また、九州は治めるのが困難な地とも言われています。

たとえば、羽柴秀吉に敵対し、その後服従した佐々成政は肥後一国を与えられますが、肥後国の国人の抵抗にあって国を治めることに失敗、1588年には羽柴秀吉により切腹を命じられています。

肥後の隣国である豊前も国人の勢力が強く難治の国。

黒田官兵衛が領有した豊前国の中でも、羽柴秀吉に敵対した国人の代表的人物が宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)です。

羽柴秀吉は黒田官兵衛に宇都宮鎮房の殺害を命じます。

そのため、黒田官兵衛はある策略を練り、実行に移します。

その方法とは。。。

まず、黒田官兵衛は宇都宮鎮房に対して和議を申し入れます。

和議の条件は本領安堵と引き換えに、宇都宮鎮房の13歳の娘鶴姫を人質にだすというもの。

いくら豊前国で勢力を誇る宇都宮鎮房といえども、天下取りにまい進する豊臣秀吉に対抗できるはずもなく、本領安堵については豊臣秀吉の朱印状もあったことから、この条件をのみ和議を結びます。

その後、鶴姫は黒田長政のいる中津城に入りますが、この中津城入りこそ謀略の第一歩。

黒田官兵衛は宇都宮鎮房に中津城にくるように誘い掛けますが、黒田官兵衛の策略家としての一面を知っている宇都宮鎮房は、警戒して城を訪ねようとしません。

そこで、黒田官兵衛がとった作戦は、肥後国への出陣。

黒田官兵衛が不在で黒田長政だけが残る中津城であれば、鶴姫にもあいたいし危険も少ないだろうと宇都宮鎮房は中津城を訪ねます。

まず、宇都宮鎮房が中津城を訪ねたとき、一緒に同行した家臣約40名は城下の合元寺に留め置かれ、宇都宮鎮房と家臣1名だけが中津城に入ります。

宇都宮鎮房は中津城に入りますが、鶴姫と再会する前に行われたのが黒田長政との酒宴。

この席で、宇都宮鎮房は黒田長政に討たれてしまいます。

また、鶴姫もその後殺害されたとされ、合元寺の40名も黒田家により討死をします。

ちなみに宇都宮鎮房の家臣40名が殺害された合元寺の壁は元々は白壁でしたが、この事件を契機に壁が赤く染まり、何度塗り直しをしても赤くなってしまうことから、その後は壁を赤く塗るようになったということで別名赤壁寺とも言われているようです。

黒田官兵衛は軍師であっても、人情が厚い人物であったとも言われています。

そうした意味で軍師官兵衛で黒田官兵衛を演じる岡田准一は適役であるような気がします。

しかし、この事件だけは黒田官兵衛、黒田長政の人生にとっても、大きな汚点となってしまいました。

宇都宮鎮房(うつのみやしげふさ)を黒田官兵衛と黒田長政が謀殺した事件、軍師官兵衛ではどのように描かれるのか興味深いところです。


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