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山本覚馬の妻 時栄の不倫と離婚

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「八重の桜」では山本覚馬の妻 時栄の不倫が明らかになり、山本覚馬と時栄は離婚することになります。

山本覚馬は幕末の「蛤御門の変」の後、視力を失いつあるときに時栄の看護を受けるようになります。

そして、戊辰戦争時に山本覚馬が薩摩藩に監禁された時も、時栄は山本覚馬を支え続けます。

その後、明治になり解放された山本覚馬は時栄と結婚し、久栄をもうけます。

この時、山本覚馬は42歳、時栄は18歳と伝えられています。

そして時は流れ明治18年。

体調の悪い時栄を心配した山本覚馬は自宅に外国人医師を招き、時栄に診察を受けさせます。

診察が終わったとき、外国人医師は時栄の妊娠を告げましたが、身に覚えのない山本覚馬は動揺し、それが発端となり時栄の不倫が発覚します。

その不倫の相手は青木栄二郎。

青木栄二郎は旧会津藩士 広沢安任の縁戚で山本覚馬の家に居候をしながら同志社に通う学生でした。

同じ屋根の下で暮らすうちに、時栄と青木栄二郎は不倫の関係になり、時栄は妊娠し、山本覚馬の知るところとなります。

山本覚馬自身は目と体が不自由な自分を献身的に介護してきた時栄を許そうとします。

そして、時栄の不倫事件も終息を迎えようとしますが、この不倫をどうしても許せなかったのが八重。

八重は時栄を責め立て、結局は時栄を家から追い出してしまいます。

また、時栄が家から出て行ってしまったことで、最終的には山本覚馬も時栄との離婚を決断することになります。

ところで、八重の桜では山本覚馬と時栄の離婚の原因は時栄の不倫が原因という描き方がされています。

ただ、不倫は事実であったのかなかったのか、あるいは離婚の原因は不倫であったのかはわかっていないようです。

不倫と離婚は、かって同志社に在籍した徳冨蘆花の小説「黒い目と茶色い目」の中で示されたもので、このことがそもそも事実か虚構なのかは今でもはっきりしないようですし、その小説の中から類推される時栄の不倫と離婚も史実かどうかははっきりとしていないようです。

ただ、山本覚馬と時栄は何かの問題があって離婚をしたのはどうやら間違いのないことのようですし、離婚の前に時栄を家から追い出したのは八重であることもどうやら間違いがないようです。

離婚後の時栄の消息ははっきりと伝えられていません。

一方の山本覚馬は離婚後も明治25年まで生き続けますが、離婚後の山本覚馬の世話は不倫などの問題が起きないような人に頼んだといわれています。


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